政宗は温かい湯気の香に目が覚めた。兼続が水を汲みに行った時に、政宗は棗を食べながら眠ってしまっていたのだ。
「丁度良かった」
兼続は焚き火に刺していた竹筒を抜いて、政宗に渡した。
「糒を戻した物だ。熱いから気をつけるのだぞ」
背中を支えて起こされた政宗は、素直に温かい粥に口をつけた。
「…旨い…」
粥を啜った政宗が顔を上げると、兼続の穏やかな眼差しに行き当たった。
「…兼続…」
「私はもう食べた。それは政宗の分だ」
竹筒を差し出そうとする政宗に、兼続は首を振った。
「…何故、わしの為に……」
政宗には兼続の真意が判らなかった。敵将として捕えられたのかと思えば、兼続は自分を凌辱しようとする…、そこまでの恨みを政宗に持っているのかと思えば……、こうして、政宗を連れ謙信の元を飛び出してしまったのだ。兼続が何を求めているのか判らない。朦朧とした意識の中で、兼続が恋しいと言うのを聞いたのは覚えているのだが、……兼続のような者が自分にそのような思いを抱くとは到底思えない。
「…わしを左近に渡せば……こんな苦労をせずとも良かったのでは無いか…?」
「…そなたは、私の手で還すと決めたのだ……」
政宗の肩を抱いて支えた兼続の眉間に、深い苦悩を思わせる皺が浮かんだ。
「なぜじゃ…?わしを武田に降らせる為に捕えたのでは無いのか…?」
じっと見上げる隻眼から目を逸らし、兼続は自嘲するように笑った。
「…そなたを説得して…、義への道へ導きたいなどと言ったのは、上辺の事……。私の邪な欲望が、そなたを捕え隠しておいたのだ…」
邪と言うには…、兼続は清廉な美貌の主だった。だが、政宗は邪と言った兼続の言葉に、浅ましく反応した自分の体を思い出してしまった。
「……わしを…辱めたかったのか…?」
政宗が小さいがしっかりとした声で尋ねると、兼続が逸らしていた目を政宗に戻して大きく首を振った。
「しかし…そなたにとっては辱め以外の何物でもなかったのだろうな……」
寂しげな眼差しが政宗を見詰めていた。
「私は…そなたが恋しかったのだ……。その身も心も欲しいと……そう思ってしまったのだ…」
そう言って、兼続は政宗に粥を食べるように促した。
政宗もそれ以上を尋ねる事が出来ずに、黙って竹筒の中の粥を食べた。
俄かには信じられない事だった。
……政宗は兼続に、ずっと疎んじられているのだと思っていた。信玄に秘密にしたまま、政宗を捕えていたのは、何かの意趣返しかと思っていたのだ。
温かい粥に体の中から温められて、政宗も少し落ち着いてきた。
「また、夜になったら、先へ進もうと思う。今のうちに休んでおくといい」
「…兼続……、わしをここに置いて行けば……」
もしも、遠呂智軍が政宗の捜索隊を出しているとすれば……、政宗を帰らせようとしているとは言え、兼続はただでは済まない。兼続もそれは判っているのだが……、政宗をそっと横たえると、静かに首を振った。
「…私の責は私が取る……。そうでなければ…、あの時、呂布を退けて下さった謙信公にも合わせる顔が無い…」
「呂布…?呂布が来たのか?」
政宗がふらつきながら、起き上った。
「……政宗を探しに…、呂布は僅かな手勢で武田の陣を襲撃してきた…」
零れ落ちそうに見開かれた隻眼を見て…、兼続は寂しさを覚えた。……二十騎にも満たない手勢で攻めて来た呂布の様子は、尋常では無かった…。怒りに任せて振われた無双方天戟は、謙信にさえ手傷を負わせた。あの様子を見れば、政宗と呂布の間に強い絆がある事は判る……。
「大丈夫だ……。呂布は怪我らしいものも無く帰って行った…」
呂布の身を案じるような政宗を見るのが、……兼続には辛かった。
…政宗の方は、…今では兼続の身を案じていた。自分自身でも気付かぬうちに、政宗は兼続の心配をしていたのだ。呂布が政宗を探しているのならば、兼続の身に迫る危険は大きくなる。…だが、もどかしい事に、政宗も兼続の身が案じられて仕方のない自分の心が見えていないのだ……。ただ、呂布の気配に、安堵では無く不安を覚える自分の胸の内を計りかね……、困惑した政宗の表情を、兼続は読み取る事が出来なかった。
互いに、自分自身の気持も知らぬまま、二人は狭い洞窟の中で夜を待った。